■有名人 死に方コンテスト   
空飛ぶモンティ・パイソン 第1話(T−1)

アナウンサー Announcer …グレアム・チャップマン
モーツァルト Mozart …ジョン・クリーズ
ナレーション Voice Over …グレアム・チャップマン
エディ Eddie …エリック・アイドル
ネルソン提督の声 Nelson …テリー・ジョーンズ

画面:ニュース番組のようなスタジオ。机のそばに、グレーのスーツを着たアナウンサー(グレアム)が立っている。

アナウンサー(グレアム)
(自信ありげにほほえみながら)こんばんは。
アナウンサーが椅子に腰掛けたとたん、豚の悲鳴が聞こえる。アナウンサーは驚いて立ち上がり、椅子を見る。

画面:豚の絵が12匹描かれた黒板。すでに5匹の豚に×が書かれている。そこへ、手が現れて5匹目の豚の上に、チョーク×を書く。


キャプション:「モーツァルトの部屋」 "IT'S WOLFGANG AMADEUS MOZART"

画面:モーツァルト(ジョン)がピアノを弾いている。

モーツァルト(ジョン)
みなさん、番組へようこそ。今夜も引き続き、有名な死に様を見て参りましょう。
まずは、インドの征服者、ジンギス・カンの素晴らしい死に様をご覧くださいませ。
本番どうぞ、ジンギス。

画面:ジンギス・カンのテント。インド風のBGMが流れるなか、ジンギスが考えごとをするように、テントの前を行ったり来たりしている。と、突然、ジンギスが後ろにうめき声をあげて、後ろに倒れる。

画面:男性が数人並んでいる。スケートの得点審査のように、男性たちは、数字の書かれたカードを次々に挙げていく。


ナレーション(グレアム)
9.1、9.3、9.7。ジンギス・カンの合計は28.1点です。
画面:ピアノの前のモーツァルト

モーツァルト(ジョン)
残念でしたね、ジンギス。出演してくれてありがとう。では、これまでの得点を見てみましょう。
画面:スコアボードの前に、エディが立っている
エディ(エリック)
じゃあ、こっちの点数表を見とくれよ。トップをいくのは、石撃ちの刑にあった聖ステファン。そん次はボズワースで戦死したリチャード3世。それから、可愛い子ちゃんのジャンヌ・ダルク。4位は、風呂で死んだマラー。――シャワーでシャルロットとヨロシクやったあとにね。それから、アメリカのデカ男、リンカーン大統領。そんでもって、6位がジンギス・カン。で、ビリがエドワード7世。こんなとこだよ、ウォルフガング。
モーツァルト(ジョン)
ありがとう、エディ。では、「今週の死に様リクエスト」の時間がやってまいりました。
(ピアノの上にあるカードを手に取り)ウォルバーストン通り23番地にお住まいのヴァイオレット・スティビングス夫妻から、ギルフォードのブルース・フォスター氏の死を。
画面:フォスター(グレアム)がソファに座って、新聞を読んでいる。
フォスター(グレアム)
俺かいぃっ。(そのとたん、後ろに倒れ込み死ぬ)
画面:ピアノの前のモーツァルト。
モーツァルト(ジョン)
おお、光陰矢のごとし。悲しいことに、番組ものこりわずかとなってしまいました。私どもが自信をもって皆様にお送りする、不滅の亡者 the evergreen bucket kickers 。そう、イギリスが誇るネルソン提督の死に様です。
画面:現代的な高いビル。窓から、ネルソン提督が投げ出され、地面に打ち付けられる。
ネルソン提督(声:テリーJ)
キス・ミー、ハーディーーーーー

*1 聖ステファン St.Stephen
原始キリスト教会最初の殉教者。日本語では聖ステパノ、聖スティーブンとも表記されます。議論に長けた彼は、妬みを買ってしまい、偽証による裁判を受けることになりましたが、そこでもユダヤ教の指導者を非難したため、怒り狂った人々によって、石を撃たれ殉教しました。アイルランドでは、12月26日を聖スティーブン(ステファン)の日として、お祝いをするそうです。
――「こうして、彼らがステパノに石を投げつけている間、ステパノは祈りつづけて言った、『主イエスよ、わたしの霊をお受け下さい』。そして、ひざまずいて、大声で叫んだ、『主よ、どうぞ、この罪を彼らに負わせないで下さい』。こう言って、彼は眠りについた。」(使徒行伝7章 59−60節)。→戻る
*2 リチャード3世 Richard V (1452-85 《在位 1483-85》)
ランカスター家とヨーク家の王位争いを中心とする薔薇戦争を始めたヨーク公の息子で、同家最後の王。戦争ではヨーク家に貢献するも、甥のエドワード5世をロンドン塔に幽閉して、自ら即位。1485年にヘンリー7世に敗れて戦死、これにより薔薇戦争は終結し、チューダー朝が開かれたのでした。シェイクスピア劇では悪役として描かれているそうです。「馬をくれ、馬をくれ」。
参考:「シェイクスピア作品リスト」様内の「リチャード3世」(「ブラックアダー」についても、メモあり)
    「死刑執行人もまた死す」様内のヨーク家(一番下です) →戻る
*3 ジャンヌ=ダルク Jeanne d'Arc (1412-31)
東フランス・ドンレミの農民の娘、ジャンヌ=ダルクは、1428年に神のお告げに目覚め、29年オルレアンに入り、国王シャルル7世を立ち上がらせ、フランス国民を鼓舞して、オルレアンをイギリス軍の包囲から解放。しかし、1430 年にイギリス軍の内通によって, フランスの宗教裁判にかけられてしまい、異端宣告を受け、で火刑に処せられました。 →戻る
*4 マラー Jean Paul Marat (1743-93)
フランス革命の指導的政治家。民衆を支持基盤とし、革命を推し進めようとした山岳派のリーダーで、恐怖政治初期の最大の実力者。晩年は皮膚病に苦しみ、治療として入浴を繰り返さなければならず、政治活動にも多大な支障をきたしたそうです。1793年7月、自宅で入浴中に、ジロンド派のシャルロット・コルデー Marie-Anne Charlotte Corday d'Armont (1768-1793)に、刺殺されました。ジャック・ルイ・ダヴィッド Jacques Louis David によって描かれた『マラーの死』が有名。 →戻る
           マラーの死 『マラーの死』
*5 リンカーン Abraham Lincoln (1809-65《任期 1861-65》)
アメリカ合衆国・第16代大統領。貧しい農家の生まれでしたが、弁護士となり、共和党員として政治活動を始めました。奴隷制反対論者で、1860年の大統領選挙で就任が決まると、南部7州が離脱独立を宣言したため、南北戦争が勃発。リンカーンは北部を勝利に導き、1863年1月、奴隷解放令を制定しましたが、1865年4月9日、ワシントンDCにあるフォード劇場で観劇中、男優ジョン・ウィルクス・ブーに銃で暗殺されました。 →戻る
*6 ジンギス・カン Chinggis Khan (1162頃-1227)
モンゴル帝国の始祖。モンゴル民族を統一し、1206年、帝国の樹立を宣言するとともに、ジンギス・カンの称号を名乗りました。国内の統治を整えた後、中央アジア征服戦争を開始。西夏、金に続いて、ホラズムも滅ぼし、大国家を形成するも、1227年、その帰途に病死してしまいましたとさ。 →戻る
*7 エドワード7世 EdwardVII (1841-1910)  
ヴィクトリア女王の長男で、1901年、60歳のときにイングランド王を即位。自由奔放な性格、生涯を通して旅行好きだったそうで、ニックネームは「ヨーロッパの伯父」。こう書くと遊び人のイメージですが、第一次大戦の同盟には奔走して貢献。1910年に死去しますが、その葬儀は、70ヶ国もの代表が列席する盛大なものだったそうです。イギリスのミステリー作家ピーター・ラブゼイ Peter Lovesey が、エドワード7世を主人公にシリーズものを書いています。…はともかく、なんで、エドワード7世が3.1点になるのか、ご存じの方がいらっしゃいましたら、掲示板でご教授頂けると嬉しいです。
▼2003年3月5日追記
エドワード7世ですが、手元の英国王室史話という本によりますと、「エドワードが危篤におちいると、アレグザンドラ王妃は夫の友人らにできる限り連絡を取らせて招き、最後の別れをさせた。その中にはエドワードの愛人、アリス・ケペル夫人もいた。心の広いアレグザンドラ王妃は自ら連絡をとり、彼女に夫への最後の別れの機会を与えたという。」といったことが書かれています。
こちら(↑)のエピソードは、週刊WEB MAGAZINE SAKANAFISH(週刊魚魚)様より、教えて頂きました。ありがとうございます!週刊魚魚さんのサイトもお薦めですので、みなさん、是非ご覧になってくださいませ。 →戻る

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