その人当たりの良さで、パイソンの"Nice One"と呼ばれるマイケル・ペイリン。奥さんとも仲良し、三児のパパ、もちろんスキャンダル無し、鉄道旅行を愛し、環境に配慮して車に乗るのを控えている。これだけでも彼の人の良さが伺えるのではないでしょうか。そんなプライベートでの人の良さは、彼の演ずるトボけたお間抜けキャラクターにも、よく現れているような気がします。 マイケルは1943年5月5日、イギリス・ヨークシャー州シェフィールドに生まれました。お父さんは鉄鋼会社に務めるエンジニア。食事の時間に厳しかったり、マイケルの友人が遊びに来るのを好まなかったりと、なかなか厳格なお父さんだったようです。マイケルは1948年にバークデールのプレパラトリー・スクール(パブリックスクール進学準備校)に入学、1957年にシュリューベリー Shrewsbury ・パブリックスクールに入学しました。寄宿制の学校でしたが、人を笑わせるのが上手な寮長さんのお陰で楽しい寮生活を送ることが出来た、とマイケルは語っています。また、マイケルは学内でコミカルな記事を書いたりしていましたが、そうした才能を励ましてくれたのも寮長さんだったそうです。また、シュリューベリーからは、ピーター・クック Peter Cook や諷刺雑誌『Private Eyes』の創刊者ウィリアム・ラッシュトン William Rushton らも卒業しており、そうした校風がマイケルの将来に影響を与えているのかもしれませんね。 マイケルは1962年、オックスフォード大学に歴史学専攻で入学。いくつかのコメディー・サークルに参加するようになりますが、そこで出会ったのが、以降ライティング・パートナーとなるテリー・ジョーンズです。2人は共同で脚本を執筆、エディンバラでの「オックスフォード・レビュー Oxford Revue」など、数々の公演を成功させました。 卒業後もショービズ界へ進んだマイケルは、単独で『Now』という音楽番組の司会を務めたりする一方、テリー・ジョーンズとコンビを組み、『The Ken Dodd Show』『The Billy Cotton Band Show』などのコメディ番組で活躍。特に1966-67年の『フロスト・リポート The Frost Report』には、マイケルとテリーJ以外にも、ジョン・クリーズ、グレアム・チャップマン、エリック・アイドルらも参加しており、パイソンへの大きな足がかりとなりました。また1968-69年の『ドゥー・ノット・アジャスト・ユア・セット Do Not Adjust Your Set 』では、マイケル、テリーJ、エリック、テリー・ギリアムらが一緒に仕事をしています。ちなみにマイケルは、卒業して間もない1966年に結婚。奥さんは16歳の時に浜辺で出会ったヘレンさんで、2人は今なおオシドリ夫婦なんだそう。 モンティ・パイソンでも、マイケルは主にテリーJと一緒にスクリプト(脚本)を制作しました。2人は視覚的なギャグや不条理なスケッチを好んで書いましたが、このへんのことについてはテリーJの紹介を参考にしてください。 マイケルの当たり役と言えば、なんと言っても「"イッツ"マン」と「ガンビー」。ガンビーはメンバー全員が演じていますけど、やっぱり、あの動物的な動きと声はマイケルの一人勝ち。また、「結婚カウンセラー」のダンナ役(2話)やピザー青年(34話)など、人の良さそうなマヌケ役を得意としましたが、「奇人変人ショー」(11話)や「ブラックメイル」(18話)などの軽薄そうな司会者役もなかなかハマっていました。それから「死んだオウム」(8話)のペットショップ店主や、「チーズショップ」(33話)の店主役のようにノラリクラリと相手を困らせる、人を食った演技もマイケルならでは。ジョンやグレアムのような押し出しの強さはありませんが、マイケルの小ずるそうな演技は彼らに負けないだけの存在感を放っています。 パイソン活動後のマイケルは、コメディ作家よりも、役者として活躍が目立ちます。テリーJとの共同製作したテレビ・コメディ『リッピング・ヤーン』や、テリーG監督の『ジャバウォッキー』や『未来世紀ブラジル』、ジョン・クリーズ制作の『ワンダとダイヤと優しい奴ら』や『危険な動物たち』など、パイソン絡みの作品にも多数出演。また、旅行好きが高じて、世界一周旅行のドキュメンタリー番組にも参加したりしているみたいです。 ★もう、マイケルにメロメロのあなたは、「パンの木'SWOOD」のパンの木さんが主催する「FULL MICHAEL」を見るべし見るべし。さあ、みんなで叫ぼう!WE LOVE MICHAEL! |
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