エリック・アイドル Eric Idle
 
 
 
名前 エリック・アイドル Eric Idle
誕生日 1943年3月29日
出身地 ダラム、サウス・シールズ South Shields, County Durham
家族 父:イギリス空軍に従軍していたが、1945年に交通事故で死去。
母:?
兄弟:?
出身校 ケンブリッジ大学・英文学専攻(在学中、ケンブリッジ・フットライツに参加)
結婚 1969〜75年:リン・アシュレイ Lyn Ashley (オーストラリア人・女優)と結婚するが、6年後に離婚。
1981年:タニア・コサヴィッチ Tania Kosevich (アメリカ人モデル)と結婚。
子供 ケアリー Carey :1973年誕生、男の子。
リリー Lily :1990年誕生、女の子。
現在の住所 アメリカ合衆国・サンフランシスコ、ロンドン
主な活動 『ラトルズ The Rutles 』
『ナンズ・オン・ザ・ラン、走れ尼さん Nuns on The Run』

グレアムからは 'Word Addiction'(言語嗜癖、言語中毒)とまで言われたエリック・アイドル。確かに『空飛ぶ〜』では言葉を題材にしたスケッチを多く書いていたし、「ナッジ・ナッジ(ちょん・ちょん)」(3話)や「旅行代理店スケッチ」(31話)に至っては、笑う以前にちょっとコワイ。ちなみに、「 idle talk 」(むだ話)という言葉が、とどまることを知らないエリックの喋り芸から生まれた、というのは有名な話(ウソ)。   

 エリックは1943年3月29日、イギリスのサウス・シールズに生まれました。彼が2歳の時、英国空軍に従軍していた父親が交通事故のために死去。その後、7歳から大学入学に至るまでの12年間を、イギリス中西部・ウォルバーハンプトン Wolverhampton のロイヤル・スクールで過ごしました。そこは寄宿制で、エリックのような親のいない子供たちが多い学校だったらしく、エリック自身はこの学校にあまり良い思い出を持っていない様子。『人生狂騒曲』などに出てくる、ウツウツとした学校スケッチは、その辺の経験から生まれたものなのかもしれませんね。

  1962年、ケンブリッジ大学のペンブルック・コレッジ Pembroke College に、英語学専攻として入学しました。翌年、大学のコメディ・サークル「ケンブリッジ・フットライツ」に入会(この時、グレアムはすでに卒業していましたが、ジョンは在籍中でその名をとどろかせていたそうです)。様々な公演で活躍したエリックは、1964年から65年にかけ、フットライツの座長 President も務めました。ちなみに、1883年の創立以来、女人禁制を守り、女性役も自前の女装でまかなってきたフットライツの伝統を改革したのは、我らがエリック・アイドル。以降、フットライツは女性メンバーも受け容れるようになったのだそうです。

  卒業後もコメディの世界に進んだエリックは、小さなキャバレーでの下積み時代を経て、ラジオやテレビ番組の仕事をこなすようになっていきました。特に、エリックをパイソンへ導いたという意味で重要と言えるのが、『フロスト・リポート The Frost Report 』(1966-67)と、子供向け番組『ドゥー・ノット・アジャスト・ユア・セット Do Not Adjust Your Set 』(1968-69)。『フロスト・リポート』にはギリアムを除くメンバー5人が執筆・出演、『ドゥー・ノット〜』ではテリーJ、マイケル、テリー・ギリアムの他、ニール・イネス (Neil Innes、パイソン作品やエリックの個人作品『ラトルズ』にも参加)も出演していました。

  モンティ・パイソンでは、毎週ミーティングを開き、多数決によって、誰のスケッチを採用するのか決めていました。他のメンバーのようにライティング・チーム(グレアム&ジョン、テリーJ&マイケル)を組まず、一人でスケッチを書くことの多かったエリックにとって、これは不利なシステムでもありました。例えば、つまらないスケッチの時でも、マイケルが発表したときにはテリーJが笑ってくれますが、エリックの場合には誰も「援護笑撃」してくれないため、一人孤独に沈黙を耐え忍ばなければならないわけです(ちなみにギリアムはミーティングにも参加せず、一人楽しくアニメを作っていたので、この試練を免れていました)。

  こうした苦難にも負けず、エリックは沢山の楽しいスケッチを制作。とくに「言葉」を題材にしたスケッチを得意としていました。視覚に重きを置かない傾向はケンブリッジ組(ジョン、グレアム、エリック)の特徴とも言えますが、エリックが好んで扱ったのは「言葉のやりとり」というよりも、むしろ「言葉そのもの」。「言葉の最初しか喋らない人」(26話)や「アナグラムで喋る男」(30話)など、言語論的スケッチ(?)はエリックの得意分野でした。
 
 彼が演ずるキャラクターも喋る、喋る。「私は医者」(13話)や、やって来た人と結婚してしまう「戸籍係にて」(19話)など、人の話には耳も貸さない。エリックが延々としゃべり続ける「旅行代理店」(31話)に至っては、言語のコミュニケーション機能もどこへやら、饒舌が自己目的化しちゃって、「喋るために喋る」といった具合。

 でも、こんな偏執狂的キャラクターとは裏腹に、メンバーの中で一番端正な顔立ちをしているエリック(まぁ、それぞれに好みもありましょうが、ここは一つ穏便に)。長髪にスーツ姿でニコッと笑った時なんか、ホントに「アイドル」って感じ。女装をしても、不気味さが先立つ他のメンバーに比べ、エリックなら十分「イケる」という気がしますしね。しかし、ティミー・ウィリアム(19話)のようなショービズ界の人物を演じると、あの容姿の良さが「軽薄」と「胡散臭さ」に変わってしまうから不思議。

  また、エリックは音楽の才能にも恵まれ、「マネーソング(この世にお金ほど素敵なものはない)」(29話)などを歌うほか、自ら作詞作曲もこなしていました。エリックが作った曲としては、ハリウッドボウルでブルースたちが歌っている「哲学者の歌」や『人生狂騒曲』の挿入歌「ギャラクシー・ソング」などがありますが、とくに『ライフ・オブ・ブライアン』のエンディング・テーマ「Always Look on the Bright Side of Life」はコミックソングの枠を超えた名曲。こうしたパイソンの歌は「Monty Python Sings」というCD(外国盤のみ)にまとめられているので、興味のある方はそちらも聞いてみて下さいね。 

   『空飛ぶ〜』以降は、ニール・イネスと共に、テレビ番組『ラトランド・ウィークエンド・テレビジョン Rutland Weekend Television 』(1975)を制作。残念なことに、この作品はビデオ化されていないため、詳しい内容は分かりませんが、この番組から発展して生まれたのがビートルズのパロディ・ドキュメント『ラトルズ─4人もアイドル─、Rutles ─All Need is Cash─』です。エリックの原案・脚本による特別テレビ番組で、内容は、ビートルズを模したバンド「ラトルズ」の結成から解散までをドキュメント仕立てで追うというもの。

  ただのパロディと違うのは、ビートルズのヴィジュアル面やエピソードはもちろん、音楽までもパロディしてしまったところでしょうか。「幻のビートルズ・ナンバー」と説明されたら、思わず信じてしまいそうなラトルズ音楽はアルバムにもなっています(日本でも入手可能)。エリックはラトルズのメンバー、ダーク・マックィックリー役(ビートルズでいうところポール。納得)、ニール・イネスはロン・ナスティ役(こちらはジョン)で出演。他にもポール・サイモン、ミック・ジャガー、そしてジョージ・ハリスンらが出ており、そうした本格ぶりは、パイソン・ファンのみならず、ビートルズ・ファンからも高い評価を受けているそうです。


エリックのことがもっと知りたいという方は、「女王陛下のモンティ・パイソン」(かぜさん)にある「アイドルを探せ」がおすすめです。エリックの個人活動もこちらでばっちりチェックできますよ。

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