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| 1.モンティ・パイソンって、なに? |
モンティ・パイソン Monty Python とは、69年〜80年代半ばのイギリスを中心に活躍した、作家兼俳優の男性6人からなるコメディ・グループです。
モンティ・パイソンのデビュー作は1969年にBBCで放映されたテレビ番組「空飛ぶモンティ・パイソン」。開始直後は深夜放送ということもあって、その人気は一部の若者にとどまっていたようですが、たちまち話題となり、第3シリーズ以降はゴールデン・タイムに放映されるほどの人気番組に。それ以降も、彼らはグループとして活動を続け、「空飛ぶモンティ・パイソン」シリーズ全45話のほか、映画4本、ステージ・ショー、レコード、本などを世に送り出してきました。
欧米で高いに人気を博したモンティ・パイソンは、70年代半ばに日本でも紹介され、現在もその作品の多くをビデオで楽しむことができます。特に、1999年以降、『空飛ぶモンティ・パイソン』をはじめとする作品の殆どが再発売されたため、日本でも手軽に見られるようになりました。
1983年公開の映画『人生狂騒曲』を最後に新作の発表はなく、また1989年にメンバーのグレアム・チャップマンが亡くなってしまったため、モンティ・パイソンとしての実質的な活動は現在おこなわれていません。しかし、同窓会イベントが企画されたり、オフィシャル・サイトが開設されたりと、「モンティ・パイソン」は未だ健在。パイソン関連の書籍やファン・ページも多く、その世界的な人気はいまなお衰えることがありません。
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| 2.モンティ・パイソンのメンバーって、どんな人? |
モンティ・パイソンのメンバーは、次の6人。UK魂にのっとり、脚本・出演は全て、メンバーだけでこなしていました。もともと「モンティ・パイソン」というグループがあったわけではなく、BBCの偉い人が「若手のコメディ作家に何か番組でもやらせてみるか」ということで集められたのが、ことのはじまり。お互いに大学中のサークル活動や他の番組を通じて、そこそこ面識はありましたが、6人全員が揃ったのはこの「空飛ぶモンティ・パイソン」が初めてのことでした。これが好評でシリーズを重ねているうちに、番組タイトルであった「モンティ・パイソン」がグループ名となり、映画まで作るようになっていったようです。
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- グレアム・チャップマン
- Graham Chapman (1941年生まれ)
- ケンブリッジ大学卒。在学中にコメディ・サークル「ケンブリッジ・フットライツ」に所属し、ジョンと知り合いました。国家医師免許を取得するも、医学の道を捨てて、コメディアンを志、主にジョンと組んで脚本を執筆。独特の演技で、警察官や軍人のような権威的なキャラクターから、ナヨナヨのオカマちゃんまでをこなしてしました。シリーズ中はアルコール中毒に苦しんだことも。1985年にガンのため死去。
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- ジョン・クリーズ
- John Cleese (1939年生まれ)
- ケンブリッジ大学卒、弁護士資格を持つ。グレアム同様、「ケンブリッジ・フットライツ」に在籍、卒業後もグレアム・チャップマンらとライティング・チームを組んで、コメディ番組の制作に携わるようになり、めきめきと頭角を現しました。モンティ・パイソンの中心的存在でしたが、「空飛ぶモンティ・パイソン」第4シリーズには参加せず、当時の妻であったコニー・ブースと共に「フォルティ・タワー」を制作。こちらも世界的なヒットをとばしました。ちなみに6人のなかで一番背が高い(195センチ!)。
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- エリック・アイドル
- Eric Idle (1943年生まれ)
- ケンブリッジ大学で英文学を学ぶ。グレアム、ジョンと同じ舞台に立ったことはありませんでしたが、彼も「ケンブリッジ・フットライツ」に所属し、座長も務めました。モンティ・パイソンでは、他のメンバーとは組まず、単独で脚本を執筆することが多かったようです。音楽の才能もあり、モンティ・パイソンの番組や映画でも、たくさんの楽しい歌を作り披露。ジョージ・ハリスンと親友だった彼は、後にビートルズのパロディとして「ラトルズ」という特別番組も制作しました。
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- テリー・ジョーンズ
- Terry Jones (1942年生まれ)
- オックスフォード大学で中世史を専攻。在学当時から、マイケル・ペイリンと組んで、アマチュア・コメディーの舞台に立ち、卒業後もBBCなどの番組制作に参加。モンティ・パイソンでは、脚本・演技のほかに、番組の編集にも興味を持ち、パイソン映画3作では、監督も務めました。感情的な性格のためか、しばしば、番組の方向性をめぐって対立することもあったとか。ちなみに、パイソンにはテリーが二人いるので、こちらは「テリーJ」と呼ばれることが多いようです。
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- マイケル・ペイリン
- Michael Palin (1943年生まれ)
- オックスフォード大学卒。在学中にテリー・ジョーンズと出会い、コメディ界に進む。卒業後も主にテリーJと活動を続ける一方、彼の才能に注目したジョンとも番組を共同制作し、ケンブリッジ組とオックスフォード組の架け橋的な存在となりました。役者としても定評が高く、パイソンズの活動終了後も、ドラマ・映画等に多数出演。「ワンダとダイヤと優しいやつら」(ジョン・クリーズ)、「未来世紀ブラジル」(テリー・ギリアム)」など、他のメンバーの個人作品にも多く参加しています。
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- テリー・ギリアム
- Terry Gilliam (1940年生まれ)
- 6人の中で唯一のアメリカ人。もともとは漫画家・イラストレーター出身で、パイソン作品のアニメーションは全て、彼が手がけました。脚本制作にはほとんど参加してませんが、役者としては脇役として出演。「モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル」では、テリーJと共に監督を務める。パイソン以後も映画監督となり、『未来世紀ブラジル』『12モンキーズ』などで、ヒットを飛ばしています。テリーJに対し、こちらは「テリーG」と呼んでいます。
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| 3.モンティ・パイソン作品のご紹介 |
モンティ・パイソンはテレビ番組はもちろん、映画、レコード、本、ゲームと手広く活動していましたが、そのうちで代表的な作品を簡単にご紹介します。
- ■「空飛ぶモンティ・パイソン」
- MONTY PYTHON'S FLYING CIRCUS
- 1969年からBBCで放送されたテレビ・シリーズ(30分番組)。全部で4シリーズ、全45話が制作され、多くの名作スケッチを残しました。特に第1、2シリーズの人気が高いと言われています。第4シリーズだけは、ジョン・クリーズが参加しておらず、6話だけしか制作されませんでした。このサイトでは「空飛ぶ」と呼んでいますが、英語圏では「MPFC」と略されたりするようです。
- ■「モンティ・パイソン・アンド・ナウ」
- AND NOW FOR SOMETHING COMPLETELY DIFFERENT
- 「空飛ぶ」第2シリーズ終了後、テレビ放送で好評だったスケッチを集めて再収録した映画版「空飛ぶモンティ・パイソン」総集編。アメリカにモンティ・パイソンを知らしめるために作られた映画のようですが、興行的には不発。メンバー自身もこの作品には不満を持っていたようです。
- ■「ドイツ版 空飛ぶモンティ・パイソン」
- MONTY PYTHON FLIEGENDER
- ドイツのテレビ局がモンティ・パイソンを呼び寄せて、わざわざ新作を作らせたのが、この特別番組。イギリス版にはないスケッチや、ドイツならではのスケッチも多数含まれています。1作目にいたってはメンバー自身がドイツ語でセリフを喋っているという、珍しい1本。
- ■「モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル」
- MONTY PYTHON AND HOLY GRAIL
- アーサー王伝説のパロディ映画。監督はメンバーのテリー・ジョーンズとテリー・ギリアム。低予算での制作でしたが、アメリカではモンティ・パイソン人気の火付け役になりました。パイソン作品のなかでも特に人気のある映画の一つ。伝説的ともいうべき馬鹿馬鹿しいラストは必見。
- ■「モンティ・パイソン ライフ・オブ・ブライアン」
- MONTY PYTHON'S LIFE OF BRAIAN
- キリストと同じ時代に生まれたブライアンが救世主に間違えられるドタバタ映画。監督はテリーJ。実質、キリストのパロディになってしまったために、製作会社EMIが途中で降りたり、各地で上映禁止にされたりと、波乱含みの映画になりました。
- ■「モンティ・パイソン・アット・ザ・ハリウッドボウル」
- MONTY PYTHON AT THE HOLLYWOOD BOWL
- ニューヨークでのライブ公演を収録した1本。テレビでおなじみのスケッチはもちろん、このライブでしか見られないスケッチもあります。アドリブあり、ハプニングあり、パイソンズ自身も楽しんでやっているのが伝わってくる楽しい1本です。
- ■「モンティ・パイソン 人生狂騒曲」 THE MEANING OF LIFE
- 「人生の意義とは何か」をテーマにしたオムニバス映画で、カンヌ映画祭では審査員特別賞を受賞しました。監督はテリーJ。また前編としてテリー・ギリアム監督の「クリムゾン〜老人は荒野を渡る〜」もあります。メンバー自身、この映画を最後の作品として臨んで制作したようですね。
- ■「ベスト・オブ・モンティ・パイソン」
- MONTY PYTHON'S PARROT SKETCH NOT INCLUDED
- スティーブ・マーティンがホスト役を務めた、1989年の特別番組をビデオ化した1本。『空飛ぶモンティ・パイソン』の人気スケッチを集めた総集編ですが、英語タイトルの通り、「死んだオウム」スケッチは入っていません。「パイソンってなんだろう」という方は、ためしにこれをご覧になってはいかが?
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| 4.パンソン言語学 〜用語解説〜 |
モンティ・パイソンのサイトや本でよく使われる言葉を簡単にご説明します。
- ■スケッチ Sketch
- コントの一つひとつを「スケッチ」と呼んでいます。30分番組だった「空飛ぶモンティ・パイソン」は、1回につき約6〜8作のスケッチで構成されていました(例外もありますが)。なかには、もうイギリス人の常識と言って良いほど有名なスケッチもあり、おかしな歩き方をする大臣の登場する「バカ歩き省スケッチ」(「空飛ぶ」第2シリーズ・第1話)は、英和辞典「リーダーズ・プラス」(研究社)に記載されるほど(
Silly Walk で引いてみよう)。
- ■スクリプト Script
- スケッチの脚本のこと。パイソン作品の脚本は全て、メンバー自身(テリー・ギリアムを除く)が書いていました。特にリーダーというものが存在しなかったモンティ・パイソンでは、スクリプトを決めるときも民主主義制。毎回行われるミーティングでは、各自が考えたスクリプトを持ち寄り、多数決によって、どれを採用するか決めていました。3票以上ならそのまま採用、2票なら改善の余地あり、0票なら時間の無駄。他のメンバーのアイデアを取り入れたり、別々のスケッチを組み合わせたり、ということもあったようです。
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- ■リンク Link
- 『空飛ぶモンティ・パイソン』の大きな特徴は、スケッチをただ並べて放送するのではなく、スケッチ同士をつなげて番組全体に一つの大きな流れをつくったこと。そのおかげで、視聴者の注意を常に引きつけて離さない、スピーディな展開が生み出されました。この「つなぎ」のことを「リンク」とか「リンキング」と呼んでいます。一番、基本的なリンキングの方法は、前後のスケッチを共通の要素でつなげること。その他にも、オープニングのチョットした仕掛けが、実は中盤のスケッチに関係していたり、逆にエンディングで最初のネタが持ち出されたり、と巧妙なリンキングもたくさんあるので、そういうのを探しながらみるのも一興ですね。
- ■アニメーション Animation
- もう一つの特徴は、「アニメーション入り」であること。このアニメはスケッチ同士をリンクさせていく上で重要な役割を果たしましたが、一方、アニメ自体だけでも十分スケッチとして成り立つほど、質の高いものでもありました。このアニメーションを一人で手がけていたのが、現在は映画監督として有名なテリー・ギリアム。他のメンバーに口出しされることなく、一人で黙々と切り絵を動かしながら、アニメを制作していました(アニメの効果音も、ギリアムが毛布をかぶって録音していたそうです)。
- ■ケンブリッジ組 オックスフォード組
- ケンブリッジ大学卒のジョン・クリーズ、グレアム・チャップマン、エリック・アイドルを「ケンブリッジ組」、オックスフォード大学卒のテリー・ジョーンズ、マイケル・ペイリンを「オックスフォード組」と呼ぶことがあります。単に出身大学の違いだけではなく、スケッチや仕事の取り組みにも、両組にはそれぞれ特色がありまして、
- 「ケンブリッジ組」は言葉のやりとりを中心にした、理論的(でも馬鹿馬鹿しい)スケッチを書くことが多く、仕事に対してもビジネスライク。自分の仕事が終わると、さっさと家に帰るタイプ。
- 一方、「オックスフォード組」は、シュールで視覚的な笑いを中心にすえたスケッチを多く書いていました。仕事熱心で、番組の全体構成やフィルムの編集などのために、喜んで残業していたとか。テリー・ギリアムはオックスフォード大卒ではありませんが、アニメーション担当ということもあり、テリーJたちと構成を打ち合わせることが多く、どちらかといえば、オックスフォード組にくくられるようですね。
- ■ペッパーポット Pepper Pot
- いろいろなスケッチに登場する、パイソンズが扮するキィキィ声のおばさんの総称。大きな胸とお尻が、胡椒入れ(ペッパーポット)に似ていることから、この名前がつきました。エリックやマイケルのペッパーポットはなかなか「粋な年増」という気がしないでもありませんが、グレアムやジョンの場合は…………。テリー・ジョーンズのペッパーポットは日本のおばちゃんに通ずるものがありますね。
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